1993年に第1回大会が行なわれた日本山岳耐久レース〜長谷川恒男CUP(ハネツネ)は、日本のトレイルランレースの草分け・発展にかかわる歴史ある大会である。 大部分のロードランナーにとって山を走ることなど常識を逸した行為だった時代に、あえて全長71㎞に及ぶ「山岳耐久レース」の開催を決断し、実施にこぎ着けた主催者たちは何と熱い人々だったのだろう。 当時の大会パンフに書かれた大会実施要項にも、「東京の奥多摩全山を舞台に、限りなき自己能力への挑戦とサバイバルレースの展開」と、これまた熱い一文が掲げられている。

とはいえ、いきなり山道の71㎞レースでは参加選手の募集に苦労することは充分に予想された。 そこで考えられたのが、30㎞のハーフレースであった。 そんな努力と工夫の甲斐あってフル、ハーフ合わせて735人の参加者が集まり、第1回大会は成功のうちに終了。現在の隆盛へとつながる基礎となった。

実はこのハセツネハーフ、第1回大会だけに使用された、現在のハセツネ30Kとはまったく異なる「幻のコース」が存在する。 しかも舗装路の多い30Kよりもずっと変化に富み、面白いルートだという。
これは、走らずばなるまい。第1回大会のパンフレットなどを入手して「幻のハネツネハーフ」を研究してきた石川ノリさん、武蔵五日市の山々を知り尽くす地元ランナー中村まこっちゃんに案内をお願いし、快諾していただいた。試走に出かけたのは東京都に緊急事態宣言が出る前、春の木々が色づく「山笑う」季節だった。

JR五日市線の終点、武蔵五日市駅前に集合し、檜原街道に沿って1・5㎞ほどロードを走ってから、標高468mの金比羅山に向かう。そこから大岳山までは、71㎞のフルコースと重複するルートで、しばらく金比羅尾根を進む。 日の出山までは緩やかな勾配が続き、杉や桧に囲まれたトレイルもきちんと整備されて、気持ちよく走り続けられる。撮影しながらのんびり走っても、2時間ほどで標高902mの日の出山に到着した。この日はやや下界が霞んでいたが、山頂の見晴し台からは新宿の高層ビル群も遠望できた。

小さな登り返しをいくつか越えて御岳山へ。山上には荘厳な造りの武蔵御嶽神社と、いくつかの宿坊が控えている。そこに至る急坂の参道にはひなびた茶店や土産物店が並び、絶好の腹ごしらえポイントでもある。
神社の境内脇にある長谷川恒男記念碑に挨拶してから、大岳山に向かい始めると、やわらかな土のトレイルから一転、岩の多い路面が続く。時には鎖や鉄階段が設置された岩場もあり、足取りも慎重になる。大岳山の直下、大岳神社の鳥居で標高1150m。このコースで最も標高の高い地点だ。

すでに17㎞を過ぎ、そろそろくたびれてきた。「ここからは下り基調だから、全然大丈夫」というまこっちゃんの言葉とは裏腹に、馬頭狩(まずかり)山までの尾根道の細かいアップダウンはけっこう足にきた。おまけに金属製の道標をふと見ると、散弾銃で撃ちまくったような跡がある。「熊が噛んだんだよね」。これには、すっかりビビってしまった。単独行はできれば避けた方がいいかもしれない。

標高884mの馬頭刈山からは、十里木まで一気に600m下って行く。僕らはそのままロードを駅まで走ったが、できれば有名な「瀬音の湯」で汗を流したかった。真夏の今なら秋川渓谷をもうちょっと下れば、浅瀬のドボンポイントがいくつもある。

武蔵五日市駅に戻れば、何でこんな田舎に(失礼!)と思わず口走りそうになる小洒落たカフェ「ブランコ」が待っている。クラフトビールや薬膳カレー、パニーニいずれも絶品で、週末にはここで誰かしらトレイルラン仲間に出会える。

今回試走した「幻のハネツネハーフ」に限らず、武蔵五日市駅を降りて走り出せば、無限といっていいほどトレイルのバリエーションにあふれている。 3年前からかれこれ30回以上は通っている僕でも、いまだに初めて走るコースがある。 低山ゆえに万一のエスケープロードがそこかしこにあり、下界に降りれば素敵なカフェやイタリアンレストラン、安くて美味い老舗の中華や居酒屋にも事欠かない。 そこがこの山域の最大の魅力かもしれない。
ちなみにこのコースが1回限りの「幻」に終わってしまったのは、「スタート地点から金比羅山に向かう際に檜原街道を横断せざるをえず、交通規制が難しい」ことが一番の理由だったそうだ。
このコースの詳しい情報は、『RUN+TRAIL Vol.44』に掲載されています。 合わせてご覧ください。
RUN + TRAIL Vol.44 2020.08.26 定価1200円
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English version is available.
英語版があります。
日本語版があります。
Japanese version is available.
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